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Vol.31 西ノ海のわがまま

大関の上は横綱、現在ではあたり前の番付なのだが実は以外に歴史が浅い。明治23年(1890)5月場所に四人の大関が登場した事がきっかけとなっている。
以前は東西に大関は一人ずつという原則があり、大関が四人になり仕方なく張出大関をつくることにして、先場所で成績が振るわなかった西ノ海を張出大関に据えたのだが、その西ノ海と師匠の高砂から協会に対して猛烈な抗議があった。
西ノ海はもちろん、師匠の高砂は協会のボスでもあり、二人を敵に回すことは出来ずに苦肉の策として横綱の名で番付に載せることになった。明治42年(1909)には相撲界の最高位として協会も認め、協会規則に明文化した。西ノ海のわがままから生まれた横綱とはいえ、もし納得していたら番付に横綱の名称が載るのはいつになったのだろうか。
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