Vol.16 風流の人 稲妻寛政7年(1795)現在の茨城県稲敷郡に生まれた稲妻雷五郎は、文政4年(1821)に佐渡ヶ嶽部屋に入門。同7年10月入幕後、関脇までの6場所で優勝3回とわずか4敗で同11年10月に大関になる。京都五条家から横綱を免許されるが吉田司家から物言いがつき同13年改めて免許された。怪力の持ち主としても知られ、片手で重い火鉢を持ち上げ、煙管に火をつけた話や、ほうびの4斗樽を両手にぶら下げて退出した話も有名である。 もちろん書や俳句をたしなむ風流人としても名をはせ、相撲に対しての真摯な思いや、相撲道はいかなるものかを表した「相撲訓」は後世に伝えられた。明治10年(1877)、「稲妻の去りゆく空や秋の風」という辞世の句を残し、82歳で亡くなった。 |
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