episode 29: 田の神と山の神

植えの前、水口に葉が5枚(7枚とする所もある)ついた笹の枝を立て、田植えが済んだ後、馬に食べさせると病気をしないという俗信は東日本に多い。季節の花や、スギ、マキといった常緑樹を立てる習慣も広い。
岩手県北や遠野地方には馬っこつなぎという行事があった。6月1日の早朝、わらで作った雌雄2体の馬形と初苗3束、赤飯、お神酒を田の水口に立てる。冬の間、山の神となっていた田の神が山を降りて、この馬を“乗り代”として田を回られるという。別の説ではこの日、田の神が出雲へ集まって一年の農事を相談するので、その乗り代として捧げるのだ、とも言われている。
もともと日本では、馬は騎乗を第一の用途とし、農事に使うようになったのはずっと後のこと。馬を神霊の乗り物とする考えは古いもので、お盆にキュウリやナスで馬形を作って供える精霊馬の習俗も、その素朴な一例だ。

産の時、家に山の神を迎えると安産するという俗信は、戦後もしばらく旧南部地方に広く残っていた。夫が荷鞍を置いた馬を引いて山へ入り、山では馬を先に行かせる。馬が急に身震いして立ち止まったり、耳を動かす動作をするのが、山の神が馬にお乗りになった証拠。家へ引き返して戸口で「山の神が来たぞ」と大声で叫ぶと、産婦は力を得て間もなく安産すると言われた。馬を飼ってない家ではタナ(背負い帯)を持って迎えに行く。無事に子供が生まれたら、村のうぶすな様か四つつじまで山の神を送り返す。津軽地方でも一部に残っていた風習だ。
山の神と馬のつながりは深く、高い山の頂に降った山の神の“乗り代(しろ)”として岩などを神馬(しんめ)に見立てた例も多い。南八甲田連峰の乗鞍岳山頂にある御霊(みたま)石などがそれで、守馬神社の奥の院とされている。南部馬方や馬喰(ばくろう)が馬をつれて野宿するとき、石を拾って四方へ投げ「この分の地面、一晩貸してくだされ」と一夜の保護を山の神に願う習わしがあったが、これなども山野に満ち満ちている神霊と馬との間には、特別の交流があると信じたためだろう。

北郡十和田湖町の農家に、カッコウ、ヒバリ、ツバメ、モズ、サクラドリなどの野鳥を捕らえると神様のたたりで牛馬に災いがあるという言い伝えがあった(十和田村小誌)。農作物につく害虫を食べる益鳥として保護すべきことを村人に教えた、とするのが今日的解釈だが、牛馬のたたりが強調されているところ、やはり山の神信仰の一例といえるようだ。カラスを山の神の使いとして、正月7日に空にもちを投げ上げて与える「シナイもち」の行事があったが、それと相通じるものがある。
ところで、旧暦9月16日を田の神が山へ帰る日として、16個の丸もちを供え、炉にはドンドン火をたいて「暖かくして待っているから来年は早く来てください」と祈る習わしが県南地方にあった。こうした、田の神が山へ帰って山の神になられるという合一神の考えは全国各地にあるが、馬産地の南部領では神の“乗り代”としての馬を仲介に、田の神も山の神も暮らしに密着した身近な存在となっていたところに特色がある。

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