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 エピローグ
11/01   Wed
家でスーツケースの中身を整理していて気付いたことだが、ボクは自分用のお土産を全く買ってこなかった。今までなら最低1個は記念の品が手元に残った。ショッピングの時間が無かったデンマークですら、帰り間際の空港でCDを1枚ゲットした。それが今回は皆無。最終日のショッピングでも、空港でも、ひたすら車椅子を押して回ったのだからしょうがない。
吉田さんは今日帰国して、たぶん今頃は成田に住む妹さんの家にいるはずだ。結果が悪かったら「そこで1カ月ぐらい隠れているべ」なんて冗談めかして言っていたのを思い出す。
11/02   Thu
一日中クラブに居ても吉田さんと会わないのが不自然な気がする。この半年間、毎日のように顔を合わせてきたからだろう。折からの雨で、乗りに来る会員さんもまばらで、急に激しい虚脱感に襲われた。体内のアドレナリンが一気に無くなった感じ。
机には山のような書類と、100件を越えるメールがたまっている。電話も鳴りっぱなしで、吉田さんについて5件の原稿依頼と、3件の写真焼き増し依頼、3件のビデオダビング依頼があった。これから、お世話になった方々への挨拶まわりや礼状も書かなきゃいけない。「パラリンピックが終わるまでは!」なんて休日返上で頑張ってきて、代休もいっぱい残ってるんだけど、これじゃあしばらく休めそうにない。

どうやら吉田さんは厚生大臣から表彰されるようだ。両陛下とのお茶会や、総理大臣との昼食会への招待状も来るそうだ。そういう内示が青森県庁から届いた。ドキュメンタリー番組を作りたいというテレビ局も現れた。講演依頼も来た。そんな人たちが、いろんな書類や資料を要求している。こうやってホームページを更新している場合じゃなかったりして…。

11/03   Fri
…というワケで、もうこのへんで、この『奇跡の乗馬』日記:最終章を終えることにしよう。
思えば2年前に『奇跡の乗馬』日記を掲載し始めた時は、こんな展開になるなんて予想もしなかった。吉田さんよりずっと熟練した日本選手が何人もいたし、さらに世界では各国の選手たちが、信じられないようなハイレベルでしのぎを削っていた。それが、たった3年間でパラリンピックに出場し、入賞までしてのけるなんて、まったく『ロッキー』みたいなサクセス・ストーリーだ。
障害者の馬術のレベルは決して低くない。三木監督と黒沼コーチは「最も障害の重いグレードTの課目を、パラリンピックのメダリストと日本のオリンピック選手(健常者)が争っても、日本人が勝てるかどうか判らないよ」と口を揃えて言う。吉田さんの入賞はただのまぐれだったのかもしれない。でも事実は事実。オリンピックでも、日本人選手が個人入賞したのは戦後初なのだそうだ。大いに胸を張りたい。

これまで実にたくさんの方から励ましやアドバイスのメールをいただいた。中には、ボクの文章力や観察力が未熟なために、厳しい指摘やお叱りの言葉も。でも皆さんは、吉田さんの体現してきた『奇跡』の数々をずっと見守ってくれた同志だ。皆が見守っていると思えばこそ、吉田さんも勇気づけられたし、ボクも日記を書き続けられた。
どうでした?面白かったでしょう?興奮したでしょう?吉田さんは明日帰宅するそうです。帰ったら一杯やりたいものです。そんなことを考えながら、ボクは今とても幸せな気持ちです。

S. TOYOKAWA


シドニーの馬術会場にて

SPECIAL THANKS TO.....
相田雄二、深瀬直弥、礒岡由久子、華産千秋、渡辺嘉苗、池端幸一、中西雄太、鎌田悦子、湯川弘之、
後藤真理、蔵岡周平、マイク徳澤、紺野多香子、遠藤啓一郎、斎藤純子、宇田川恵美子、佐倉由美子、
Angelika Travert、Claudia Krah、Vicky Melville、Michael Hinemann、Adam Dickson、Jermiah “J” Hogg
(以上、情報提供者)
八木一明、三木則男、渡辺廣人、三木薫、黒沼道子、宮野進、菊地富蔵、角田京光、水野真澄、斎藤速
人、秋田政司、桜井尚子、星野円、三谷顕、菊地幸雄、佐藤裕子、新井文吾、新井真由子、木内安代、木
内克、野崎芳美、亀田陽子、細川裕史、土崎ミヨ、吉田教子、赤坂ちよ、青森県知事、十和田市長
Bianca Vogel、Pia Marving、Bobbi Nielsen、Francis De Baerdaeker、Jos Knevels、Nicola Tustain、Joop
Stokkel、Ulf Wilken、Julie Higgins、Charmaine Dalli、Dr.Vanneste、Jayne Craike、Barbara Runtsch
(以上、登場人物)

敬称は省略させていただきました。