大関来傳" | ||
伊勢ノ濱 慶太郎(いせのはま けいたろう) | ||
父親は明治10年代に活躍した幕内力士の伊勢ノ濱荻右エ門で、親子関取として知られている。小兵であったが力が強く、左四つで押しも強く、つり、上手投げを得意とし、きびきびとした取り口で江戸っ子大関として人気があった。力水は1度しかつけず、土俵態度も立派。半面、土俵度胸が良過ぎて慎重さに欠ける場面も見られた。現役時代は、趣味で小説を書き雑誌に発表している。引退後は協会役員となり、衆望を集めていたが、不幸にも自殺を遂げた。 | ||
イメージ画像 | 本名 | 中立慶太郎 |
生年月日 | 明治16年11月9日 | |
出身地 | 東京都墨田区 | |
身長・体重 | 168cm、105kg | |
所属部屋 | 友綱→根岸→友綱→根岸 | |
初土俵 | 明治35年1月 | |
新入幕 | 明治39年5月 | |
最終場所 | 大正8年1月 | |
大関昇進 | ||
幕内成績 | 98勝82敗22分預58休 | |
幕内勝率 | 54.4% | |
優勝回数 | ||
年寄名 | 中立 | |
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