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33.行司のいろは
31代木村庄之助が11月場所で引退した。そこで今回は行司について書いてみようと思う。
相撲は平安時代から行われていたが、現在の行司役に相当する役職はなかった。勝負判定は左右に将軍が一人ずつ遠くに控え、自分の陣営の力士が勝ったと思ったとき、矢を立てて勝ちを表示し、相手から物言いがついて論争になると、天皇が裁決を下し、これを「天判」といって反論することはできなかった。現在の行司役ができたのは、織田信長の時代とされている。
戸時代に(九重改め)中立正之助と名乗っていた人物が木村庄之助と改め、行司界の第一人者として江戸相撲の基礎を築いた。これが初代木村庄之助である。
シロウト相撲と職業相撲が法令で区別されたのは明治時代からで、シロウト相撲は職業相撲の傘下におかれた。このころ初代伊勢ノ海五太夫は、別名式守五太夫と称して新たに行司家を創立し、その門下から初代式守伊之助が出て、現在では木村、式守の二家だけが残されている。
挿絵と文章は関係ありません
司の定員は45名。頂点に木村庄之助、続いて式守伊之助。この二名は立行司(たてぎょうじ)と呼ばれ、代々名前が受け継がれる。格は装束によって判別できる。序の口や序二段格では裸足で、十両格になってようやく格タビが許される。菊とじ(胸の辺りから垂れ下る飾り房)も黒から青白になる。幕内格は本たびを履いて紅白の房。三役格は草履を履き、房は緋色。立行司・伊之助は紫に白の混じった房、庄之助のみが紫の房を許される。
また立行司の腰に差した短刀は、差し違えた場合は切腹するという心構えを表す。実際には年間9番の差し違えで降格。これは三役格までの行司の話。立行司になると、たとえ一番の差し違えでも進退伺いを出すのが不文律になっている。
在、行司家は先に述べたように木村家と式守家の二つのみ存在するが、両者が個別に行司を抱えているわけではなく、例えば式守姓から木村姓へ変わることも珍しくない。
木村家と式守家の違いは、力士を呼び上げる際の軍配の持ち方で判る。木村家は軍配を握った掌を下に向け=陰の型、式守家は上に向ける=陽の型。相撲を観戦する際には、次々に登場する行司の様子の移り変わりを楽しむのもまた一興だろう。
(2005/12/01)
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